この照らす日月の下は……
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ようやく部屋から出ることを許されたキラは、展望室へと足を運んでいた。
「ここなら誰も来ないよね」
この艦はぎりぎりの人数で運用されているらしい。だから、地球軍の軍人がふらふらと出歩くことはないのではないか。
「……カナード兄さんは、よく我慢できるよね」
あの視線に、とキラはため息をつく。
敵意がこもった視線にこれだけ去られたことはない。その事実がキラの精神を疲弊させる。それ以前に部屋に閉じ込められていたこともあってかなりぎりぎりだろうと自分でもわかっていた。
だからといって、今はどうする事も出来ない。カナードも身剛毅がとれない状況なのだ。
いっそ、システムを乗っ取ってしまおうか。そんなまずい考えすら浮かんでくる。
「どうして、コーディネイターが嫌いなのにオーブに来たんだろう」
プラントほど多くはないとは言え、それなりの数がいるのに……と疑問に思う。
「コーディネイターが嫌いなら、モルゲンレーテの技術も使わなければいいのに」
「それは無理ってもんだな」
その瞬間、懐かしい声が耳に届く。
「えっと……フラガ大尉、でしたっけ?」
しかし、カナードから『自分たちの関係は極力隠しておけ』と言われていたことを思い出して、慌てて呼び名を変える。
「初めまして、でいいのかな?」
「まぁ……そうだな。あのときはお前さんは意識がなかったし」
苦笑とともに彼はそう言ってきた。
「その後はうちのバカがとんでもないことをしてくれたしな……って、今もしているのか」
困った連中だ、といいながら彼はさりげなく天井をにらみつける。どうやらそこに監視カメラがあるようだ。
「そうなんですか? 兄さんの怒りがさらに増幅されますね」
自分は最初から協力する気はないが、とキラは続ける。
「やっぱ?」
「えぇ。まだ謝罪すらしていただいていませんから」
撃たれたことはもちろん、閉じ込められたことについても、と付け加えればムウが思い切り渋面を作った。
「……それ、マジ?」
「本当です。何なら、皆に確認していただいてもいいですし、監視カメラのデーターを確認してもらってもいいですよ」
「後で信頼できるやつに調べさせる」
しかし、と彼はわざとらしいため息をついてみせる。
「それじゃ嬢ちゃんにあいつに取りなしてもらうのは無理か?」
「無理ですね」
彼の言葉にこう即答した。
「むしろ、僕が下手に口を出す方が逆効果になります」
誰かに強制されたのではないか。今までのあれこれを鑑みてそう判断するに決まっている。そう続けた。
「あぁ。なるほどなぁ」
言われれば納得だ、とムウはうなずく。
「と言うことは、万が一の時にも坊主の助力は望めないと」
「僕たちに危険が迫らない限り、そうですね。ただし、故意にそんな状況に追い込まれたら、とんでもないことになりますよ」
釘を刺すようにそう付け加える。
「だろうな」
ムウは少しだけ遠い目をするとうなずく。
「あの坊主、実はかなり強いだろう?」
「ギナ様と互角だそうです」
「そうか……そのレベルか」
成長したな、と唇の動きだけで彼は告げた。
「えぇ。ですから僕としても兄さんを怒らせるのだけはおすすめしません」
苦笑とともにそう告げればムウも「そうだな」と言って笑う。
「まぁ、何かあったらお兄さんか整備の連中に声をかけろ。そこならお前さんの話を聞いてくれる人間だけだしな」
「わかりました」
「後、一人になるならここよりもデッキの方がいいぞ」
バカが来ないから。そう言う彼にキラはしっかりとうなずいて見せた。
チェックを受けずに出航したからか。この艦は色々と不具合がある。
「……ダメだな。これは俺の手に負えない」
その中の一つを調べていたカナードがそう言う。
「このプログラムのロックを外せない」
「そこをなんとかしてくれねぇか?」
「最悪、システムを壊すぞ」
マードックの言葉にそう言い返す。
「やれるとすればサブのシステムで修正をして不具合がないかどうかを確認して、と言う手順が必要だろうな」
それも一人では無理だ、と彼は続ける。
「かといって、ここには俺が希望するレベルの技術者はいないからな」
現実的に不可能だ。そう告げた。
もちろん、完全に不可能というわけではない。キラに協力をさせればモルゲンレーテの一般技術者と組むよりも短時間で終わるだろう。しかし、それはあの子が目の前の連中に利用される未来を作ることになる。
あるいは、そうすればこの艦の中でのキラの立場は変わるのかもしれない。だが、それは避けなければいけないのだ。
あの子の才能を地球軍に知られることは、自分たちが一番恐れていることでもある。
そこから彼女の秘密に気付かれては、あの子は望まぬ環境におかれることになりかねない。最悪、連中なら人権すら無視して実験材料として扱いかねないのだ。
「……お子様はかなりのレベルらしいが」
「学生だからな。下手に地球軍の技術に触れさせたくない。少なくともあいつがいる限りな」
言葉とともにカナードは視線を移動する。そこにはこちらに向かってくるバジルールの姿があった。
「マードック軍曹。こいつに重要なシステムを触らせるな、と命じたはずだが?」
彼女もこちらに気付いたのだろう。わざわざ方向を転換すると近づいてきてまで怒鳴りつける。
「その結果、艦の走行が不可能になってもかまわねえとおっしゃるなら、受け入れますがね」
その時、誰が責任をとるのか。言外に彼が聞き返す。
「この艦のシステムの異常は全員の生死に関わります。最善を尽くすのが当然でしょう」
協力してくれるというのであればかまわないではないか。彼はそう主張する。
「それとも少尉が代わりに修正してくれますかい?」
とどめとばかりにマードックが問いかければバジルールが悔しそうな表情を作った。
「文句はザフトに言ってください。ここにいる坊主達はオーブの人間ですせ」
それは間違いなく正論だと思う。もっとも言われた方がそう思っているかどうかは別問題だろうが。
「もっとも、俺でもこれは無理だな。技術者が足りん」
そう言う事だから、と作業を終わらせる。
「代替案だけは考えておく。万が一のことがあればお前達だけではなく俺たちまで巻き込まれるからな」
さすがに地球軍のミスでせっかく助かった命を捨てるのは嫌だからな、と続けた。
「貴様!」
「あぁ。何なら俺たちを今から放り出してくれていいぞ。その方が安全にオーブに帰れるはずだ」
救難信号を出してオーブ軍に拾ってもらえばいい。むしろその方が自分たちにとってはありがたいことだ。そう言い切る。
「少なくとも非戦闘員だというのにコーディネイターと言うだけで敵視されることはない」
ナチュラルも当然だ。精神安定上、どちらがマシかは言わなくてもいいだろう。
「どこかのぶしつけなストーカーのせいで、キラの食欲が失せている。あのままだと倒れるかもしれん」
ただでさえけがのためと閉じ込められていたことで食欲が落ちていたのに、とカナードはため息をつく。
「全く……これが地球軍の一般的な常識なのだとすれば、つきあいを考えないと行けないわけですね。サハクの双子にはそう言っておきます」
自分たちが招いた結果だから、何を言われても聞き入れるつもりはない。どうしてもと言うならばそれなりの対応をして見せろ。そう付け加えるとカナードは立ち上がる。
「軍曹。そう言う事なので、彼女が口を挟んできた瞬間、俺は手を引きます」
いいですね、と付け加えた。
「仕方がないな。元々坊主達は保護される側だ」
マードックはそれにあっさりとうなずいてくれる。だが、バジルールの表情は違った。
コーディネイターはナチュラルに無条件で従わなければいけない。
本気でそう考えているのだろう。だから、オーブのコーディネイターが気に入らないのではないか。
どちらにしろ厄介だな。
カナードは床を蹴りながらこっそりとため息をついていた。